{"links":{"next":"https://api.syncable.biz/campaign/2062/reports/?is_released=true&page=2&rowsPerPage=4","previous":null},"count":22,"rowsPerPage":4,"page":1,"results":[{"id":3917,"main_visual":{"id":"3917","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/14e50e9addc14fee8430f7be030a33f7.jpg"},"title":"世界の医療団 プロフェッショナルたちからのメッセージ","body":"<p>11月11日よりスタートした本キャンペーン”「世界の医療団のプロフェッショナル」をともに支えてくださる仲間を募集！ロヒンギャに寄り添う支援をサポートしてください”もいよいよ終盤となりました。</p><p>ロヒンギャ難民プロジェクトのプロフェッショナルたちより最後のメッセージが届きました！</p><p>　・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・</p><p>2017年のロヒンギャ難民の危機から今年で５年目に入ります。しかし、ロヒンギャを取り巻く状況はよくなるどころか悪くなるばかりで、ミャンマーへの帰還の道は固く閉ざされ絶望的な状況です。一体、私たちに何ができるのでしょうか。時が去れば物事は風化していきます。今やロヒンギャの話題を取り上げる日本のメディアはほとんどおらず、ロヒンギャのことを話題にする人々はいません。それでも、彼らはいつかミャンマーに帰ることのできる日を夢見て、一日一日を難民キャンプで過ごしているのです。そのことを、そこにいる彼らをどうか忘れないでいてほしいのです。</p><p>ロヒンギャ難民支援プロジェクト　メディカルコーディネーター</p><p>木田 晶子</p><p>・・・・・</p><p>国籍や国境ではなく、ひとりひとりが個人の考えにフォーカスすることが難民問題を解決する第一歩だと思います。経済で色々とグローバルに繋がっている現代において、このロヒンギャ難民の構造的な社会問題を果たして無視していいのか？とは思えません。</p><p>「自分がどうだったら」というように国籍や国境を越えていくようなシンパシーを持って想像力を広げることで、「自分たちにとっても、無関係ではない」ということを知ってほしいと思います。ぜひ、皆さまのお力添えをお願いできればと思います。</p><p>ロヒンギャ難民支援プロジェクト　プロジェクトコーディネーター</p><p>中嶋 秀昭</p><p>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・</p><p></p><p>世界の医療団の活動は、皆さまからのあたたかいご支援に支えられて、続きます。</p><p>どうか、保健医療支援をひとりでも多くの人に届けるために、そして、ロヒンギャの人々が「自分達を支えてくれる仲間がいる」と感じられるよう、世界の医療団プロフェッショナルとともに、彼らを応援する仲間になってください！</p><p>皆さまのご協力をお願い申し上げます。</p><p></p>","campaign_id":2062,"created_at":"2021-12-31T11:14:35.455902","is_released":true,"released_at":"2021-12-31T11:14:35.455902","unreleased_at":null,"display_date":"2021-12-31T11:14:35.455902"},{"id":3915,"main_visual":{"id":"3915","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/b44745a7c6f54aad8340002c8091a6ab.jpg"},"title":"世界の医療団ならではの、長期支援の文化とは？","body":"<p>前回に引き続き、ＯＢ玉手さんにインタビューをいたしました！</p><p>第三弾は世界の医療団の文化についての内容です。</p><p></p><p><strong><u>＊世界の医療団・事業発起人としてどのように向き合い、取り組んでいらっしゃいましたか？</u></strong></p><p>世界の医療団が”もうこなくていい状態”になるのが最終ゴールなんですね。それは、僕らがスーパーマンのように”パッといってパッと帰る”ようなことをしない、ということでもあります。我々の様な団体が手助けをせずとも、現地でどうにかできる状態、それが一番目指したいところになります。</p><p>世界の医療団の支援は長期支援が特徴です。ゆるやかに入って、ゆるかに出ていくことが大事。たとえば、プライマリ・ヘルス・ケア（全ての人にとって健康は基本的人権であることを認め、それを達成するプロセスに住民が主体的に参加し自己決定を行う権利を保障した方法論）の研修をやるときに、村の長老に声をかけてもらうんですが、もので助ける訳ではないんですね。知識提供が大切だという認識の下で活動をしています。</p><p>ただ、言うは易く行うは難しで…(笑)。当時はフランスの本国組織や現地のメディカルコーディネーターとぶつかり合うこともありました。しかし、そこで冷静になってビジネスライクにコミュネケーションを重ねていくことが大切でした。実際に、フランスの人々は議論の前後で態度を変えないんですね。自分の中にあっただろう、そうしたビジネス的な側面がここで活きてきたのだと思います。</p><p><strong><u>＊現在のロヒンギャ難民プロジェクトについてメッセージをお願いします</u></strong></p><p>世界の医療団の長期支援という文化を大切にしながらも、徐々にゆるく引き上げることができるような長期的なプランを立てて、出口戦略を作っていってほしいと思います。</p><p>&nbsp;世界の医療団が”もうこなくていい状態”を目指して、これからの何年かでそのような目途を立てていく。無論、計画や予定はすべて叶う訳ではないことでもあるのですが、しかし目指さなければ何事も成されません。ぜひ、がんばって欲しいと思います。</p><p>&nbsp;－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－</p><p>玉手さん、ありがとうございました！</p><p>今回のキャンペーン、今日が最終日です。<br>皆さま、最後まで応援よろしくお願いいたします！</p>","campaign_id":2062,"created_at":"2021-12-31T09:57:33.643902","is_released":true,"released_at":"2021-12-31T09:57:33.643902","unreleased_at":null,"display_date":"2021-12-31T09:57:33.643902"},{"id":3912,"main_visual":{"id":"3912","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/6ffcb1784b2148e88f5c050545647f86.jpg"},"title":"コロナの影響をも超えていく、ロヒンギャ現地支援の在り方","body":"<p>前回に引き続き、玉手さんにインタビューをいたました！</p><p>第二弾は玉手がロヒンギャ難民支援プロジェクトに参加するまでの内容です。</p><p>&nbsp;</p><p><strong><u>＊立ち上げ時の苦労には、どのようなものがありましたか？</u></strong></p><p>当時は立ち上げのときに、直接資金を送ることができませんでした。現地に送金した資金は、送金許可（その申請書様式の名前から通称「FD７と呼ばれるものです）がおりないとコックスバザールの銀行でお金が出せないため、ここでかなり足止めをくらいました。</p><p>これは立ち上げ当初からずっと抱えていた問題でしたね。一番苦労したのは活動許可で、こうした許可を得られるかどうかは、政府とのコネクションがある団体や人ですね。私も日本の外務省にも通い詰め、助成金団体ともやり取りをしながら問題解決を進めていきました。</p><p><strong><u>＊COVID-19で難民キャンプの改善には多大な時間がかかると思われます。どのようなところに課題がありそうですか？</u></strong></p><p>早くワクチンの接種を進めなければなりません。そのとき、WHOなどの国際協力機関と連携していくような、横のつながりが大事になります。</p><p>現地の状況は分からないので、予想でしかないのですが、対面での活動は減ってしまっているとは思うんですね。ただ、現地がコロナ禍に慣れてきている感じも見受けられるのはあるので、全く悲観しているという訳でもありません。</p><p>&nbsp;</p><p><strong><u>＊現地で難民の人々が一番困っていることは何ですか？（何だと思われますか？）</u></strong></p><p>職を得ることだと思います。みんな必死でした。当時は、ロヒンギャをキャンプで働かせるのはご法度でしたので、有償ボランティアとして働いてもらいました。しかし、違うキャンプで暮らす現地の人たちが「なぜ仕事をくれないのか」という指摘や反発をうけることもあって、皆がみんな救えるわけでは無い中の葛藤はありました。</p><p>できる限り、現地の人たちと摩擦をおこさないようにする、そのためにできる限り丁寧なコミュネケーションをすることを念頭に置いて行動していました。</p><p>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー</p><p>キャンペーンも残すところあと2日です。</p><p>ゴールに向け、スタッフ一同全力で頑張ります！　応援宜しくお願いいたします。</p>","campaign_id":2062,"created_at":"2021-12-30T12:08:13.105871","is_released":true,"released_at":"2021-12-30T12:08:13.105871","unreleased_at":null,"display_date":"2021-12-30T12:08:13.105871"},{"id":3907,"main_visual":{"id":"3907","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/7d97570f097e4935956d9cc729365a20.jpg"},"title":"世界の医療団のロヒンギャ難民プロジェクト発起人を変えた\"事件\"とは？","body":"<p>今回は、世界の医療団でロヒンギャ難民プロジェクトを立ち上げられた、OBの玉手さんにインタビューしました！第一弾は玉手さんが世界の医療団と出会うまでの内容です。</p><p></p><p>&nbsp;<strong><u>＊自己紹介をお願いいたします！</u></strong><u><br></u>こんにちは。私は世界の医療団を3年前に退職しております、OBの玉手を申します。</p><p>世界の医療団在籍時にはプロジェクトコーディネーターとして、ロヒンギャ難民プロジェクトの立ち上げとコーディネーター業務に従事しておりました。現在は福島在住で、今は人道支援には携わっておりません。</p><p><strong><u>＊世界の医療団に関わる前はどのようなことをされていましたか？</u></strong></p><p>もともとIT系の会社にいて、ビジネスのために米国に頻繁に出張しておりました。</p><p>定年が近くなるときに、違ったことがやりたくなり、アフリカ支援のNGOに入職。アフリカはケニアのソマリア国境に近いところで、プリマリーヘルスコーディネーターとして現地に2年ほど出張して任務に従事しました。</p><p>そうこうしているうちに、３１１（東日本大震災）の事案が起きてしまって、今度はアフリカよりも日本が心配になったんですね。そこで、世界の医療団の福島支援のプロジェクト（「福島そうそうプロジェクト」）に入りました。</p><p>そのとき、福島支援では心のケアを中心に被災地の方々を支える活動をしていたんですが、その手ごたえから「（人道支援においては）心のケアの方に携わった方がいい」と思いました。その後、熊本の震災があって、同じようにすぐに飛んでいきましたね。</p><p>そうこうするうちに、ロヒンギャ難民のことは、TVなどのニュースで見ており、とても気になるようになっていきました。</p><p><strong><u>＊世界の医療団とはどのような経緯で出会ったのでしょうか？</u></strong></p><p>5～6年前当時、事務局長だった方と理事長と共に、ロヒンギャ難民プロジェクトを立ち上げました。当時はバングラディッシュで口の病気（口唇裂口蓋裂）の手術のPJTをやっていたんですが、そのときの事務局長が現地に行って、情報収集をした後、担当が現地入りしました。</p><p>&nbsp;170万人があつまるメガキャンプというところで、最初は現地スタッフがいませんでした。プロジェクトコーディネーターとしてプライマリ・ヘルス・ケア（キャンプの一次医療：全ての人にとって健康は基本的人権であることを認め、それを達成するプロセスに住民が主体的に参加し自己決定を行う権利を保障した方法論）に取り組み出しました。それと並行して、フランスの診療所にリファーをして、医療従事者の派遣を待ちました。</p><p>その後、木田さんにメディカルコーディネーターとしていっていたただきました。ものすごく関係構築力がある方で、現地に溶け込む力がすごかったのを憶えています。現地の方と同じ服、同じ食事、同じ言葉を話すことを積極的に取り組んでいましたね。昔ラオスで仕事をしていたときは川魚食べるんですが、川魚はくさみがあるので私はなかなか食べられませんでした。しかし、木田さんはばくばくと食べていたので、すごいな、と。</p><p>ロヒンギャの人を育てて、ロヒンギャの人が同胞を育てられるようにすることに貢献してくれていました。</p><p>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー</p><p>明日は、玉手さんがロヒンギャ難民支援プロジェクトに参加するまでのレポートをお届けしますので、お楽しみに！</p><p>キャンペーン期間も残すところ3日となりました。<br>ぜひ、本キャンペーン成功に向けてご協力ください！</p>","campaign_id":2062,"created_at":"2021-12-29T18:31:34.955445","is_released":true,"released_at":"2021-12-29T18:31:34.955445","unreleased_at":null,"display_date":"2021-12-29T18:31:34.955445"}]}