{"links":{"next":"https://api.syncable.biz/campaign/7422/reports/?is_released=true&page=2&rowsPerPage=4","previous":null},"count":6,"rowsPerPage":4,"page":1,"results":[{"id":11122,"main_visual":{"id":"11122","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/5c8b97d7e63a4eea98ce1776c0b20a4c.jpg"},"title":"🌟応援コラム⑥🌟山田孝介（NPO法人オレンジの会）","body":"<h2><strong>「ひきこもりは社会の犠牲者」</strong></h2><p>最近こうした政治的フレーズをよく目にするが、あまりに短絡的な視点だと思う。当たり前の話だが、世の中には主体的にひきこもっている人も数多く存在しているからだ。</p><p>しかし今、そんなことを訴える人は少なくなった。90～00年代はひきこもりが新しい文化を作る担い手として大きく期待されている時期があった。しかし、それが打って変わり今では、ひきこもりはケアされるべき存在としての立場が確立されつつある。</p><p>おそらく、私の未来予測として、ひきこもりはどんどんと福祉の範疇に収められていくのだろう。そして同時にそれはひきこもりが自由からどんどん遠ざかることを意味する。</p><p> </p><h6>出来ることならひきこもりを政治から遠ざけたい。</h6><p>政治は善と悪、友と敵を分け、何が正しいかを決める戦いへの導線を引いてしまうことがある。</p><p>ひきこもりはもっと愚かで不真面目で優柔不断でいい。政治なんてしなくていい。</p><p>私はいつもそう思っている。しかし、現実はそれを許してくれない。私みたいな立場で政治的なスタンスを取らないとなると、お前は社会問題に無関心で無責任だという烙印を押されてしまう。それは近年、当事者と言われる人たちもそうだと思う。</p><p>そんな状況に正直疲れている。いや、年々疲れが増してきているという方が正確かもしれない。この際限のない疲れが絶えずやってくるのかと思うと死にたくなる。</p><p>政治化するということは、それぞれが自分の正しさを主張し戦うことを余儀なくされる世界が生み出されるということだ。政治化がどんどん先鋭化すると、勝ち負けがより重要となり、発信される言葉は社会情勢を取り込みながらどんどんと更新されていく。それはＲＰＧゲームのようであり、ストーリーが進むにつれ現れる敵を倒すためにどんどんと武器のレベルを上げないといけなくなるのに似ている。</p><p> </p><p>政治的な戦いは愚かであることや不真面目であることを許してくれない。優柔不断などというポジションは用意されていない。みんな政治に巻き込まれる。そしていつの間にか政治は身体をパブリックなものへと変化させ巨悪を倒すための連帯を促す。最悪だ。</p><p>この最悪なサイクルからいつも抜けたいと思っている。救いが欲しい。</p><p>そう思って辺りを見渡したとき、ありがたいことに政治から逃れている団体がいくつかある。その一つがウィークタイだった。</p><p>ここでは自分の立場性について意識しなくてもすごせる空気がある。いや、立場性が食い違ったとしても政治化しなくていい配慮がある。時にシリアスになりすぎた時も誰かが茶化してくれる。突っ込んでくれる。愚かで不真面目で優柔不断であることを許してくれている。なぜかいつもクラフトビールがある。ウィスキーがある。テキーラがある。健全ではない。極めて不真面目だ。</p><p> </p><p>30年前、父親に連れられ不登校児が集まる居場所に連れていかれたことがあった。そこは自分にとって初めての居場所という空間であり、不思議な体験でもあった。何が不思議だったか。昼間から大人と子どもが一緒にマージャンで遊び、酒を飲み、他愛もない話をしているのだ。そこに大人と子どもの線引きはなかった。子どもながら多分ここはよくないところなのだろうと思っていたはずだ。事実その場にいた大人に酒をすすめられるなど煩わしいこともあった。子どもには刺激たっぷりの卑猥な話しが笑いとともに大きな声で飛び交っていた。大人たちは戸惑う私を見て喜ぶのだ。</p><p>夕方になり父親に帰宅を促されたころには、ほっとした反面、現実に戻らないといけない妙な寂しさがあった。</p><p>今思い返してもその寂しさは言語化できない。ただ、政治には回収できない、普通に生活していれば触れることのできない基準がそこにはあったように思う。今でもその余韻を思い出す。</p><p> </p><p>自分は40歳になった。時々、何をやりたくてこの業界に足を突っ込んだのかをよく考える。考えながら目を瞑ってみると広がる光景は初めて行ったあの居場所だった。そこにはウィークタイと同様に「愚かさ」があり「不真面目さ」がはびこり「優柔不断」が広がっていた。ずっとあの日常の中でだらだら過ごしたかったのではないかと思うときがある。</p><p><strong>正直</strong>しんどい。こんなに政治的なことばかりやらなければならない人生ではなかった。友も増えれば敵も増える地獄のような毎日だ。</p><p>もう一度言う。自分は40になった。原点を見つめなおしたい。このなんでも政治化される時代で、自分が夢見ていた空間を作ろうしているウィークタイを応援したい。</p><p></p><p>山田孝介（NPO法人オレンジの会 理事長、名古屋市ひきこもり地域支援センター金山 センター長）</p><p></p><p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p><p></p><p><u>以下は、代表からの応答コラムになります——</u></p><p></p><p>ウィークタイは「<strong>愚か</strong>」で「<strong>不真面目</strong>」で「<strong>優柔不断</strong>」で「<strong>健全ではない</strong>」ということである。</p><p>これが応援メッセージであるのだから大したものだ。</p><p>私たちはこれからすぐに荷造りをして、「山田孝介氏の真意を問う！」と題して仲間らを動員し、名古屋のオレンジの会事業所前で街宣と抗議集会をしようかと思う。テントを張って、火を焚き、「支援者の横暴を許すな！」「暴力的支援反対！」「ひきこもりは社会の犠牲者！」などと叫びながら、夜通し路上で酒を飲んで鍋をつつくのだ——</p><p>さてのっけから山田氏が「ひきこもりを政治から遠ざけたい」と憚らずに書いているのをみて、<em>「”ひきこもり”を対等な立場にある者としてみているのであれば、一方的に”遠ざけたい”などとは言わないだろう。これは支援者によるパターナリズムだ。」</em>などと思う人がいるのかもしれない。非常に残念なことだが、もしもそういう人がいるのだとすれば、これこそが山田氏の嘆きの本質である。</p><p>あらゆることが「政治」として語られる時代になった。それはつまり、全てが「善」と「悪」、「正義」と「敵」に分けられる世界が生まれたということだ。人間の言葉や行動は、何かしらの「立場性」によって解釈され、整理され、善し悪しを決められる。愚かさや優柔不断といった、人間の持つ曖昧さは許されなくなる。それどころか、「ろくでもなさ」すら政治的な意味を持たせられてしまうのだ。</p><p>かつてのひきこもり当事者活動には、こうした政治性とは無縁な「人間のろくでもなさに対する肯定」があったのだろう。幼少の山田氏が「ひきこもり」青年らの居場所で見てきたものは、善悪の枠組みでは測れない、もっと得体の知れない、そしてだからこそ救いになる「何か」だったのではないか。おそらく彼にとって、その経験は人生を決定づけるほどの大きなものだったのだろう。でなければ、この「文学青年」が、なぜ大人になってなお「ひきこもり」に縛り付けられ、嘆きながらもその世界に関わり続けているのか説明がつかない。</p><p>今、「ひきこもり」の当事者たちは、福祉や医療の文脈の中で「社会の犠牲者」としてのみ語られ、何も発することができず、小さく、弱い存在であることを前提とされている。彼らはケアとセラピーの対象であり、社会的に「保護されるべき」存在として位置づけられつつある。そのような視点が不要であるとは全く言わない。しかしそうした視点が行き過ぎると、「ひきこもり」は何もできず、何も生産せず、社会にとってただの負担でしかないものとして扱われるようになる。でも思い出して欲しい。かつては「ひきこもりが新しい文化を作る」と期待されていた時代があったのだ。この変化を、私たちはどう受け止めるべきなのか。山田氏は、こんな時代の流れの中で「いいや、ひきこもりは小さくない」「いいや、ひきこもりには強さがある」「いいや、ひきこもりこそ次代を創る存在だ」と真剣に訴えている。その声は、ほとんど「当事者活動」ではないかと思う。</p><p>さて私は今、この時代にこその、「ひきこもり」にしかできない政治の表現形を考えたい。 それは、おおよそ一般的に言われる「政治活動」とは程遠いもので、例えば <strong>とよなかリレーションハウスでやる気なく昼から酒を飲んで寝ている人の生き様</strong> の中にある。 あるいは、<strong>みんなでたこ焼きを焼いて食いながら「誰か1億くらい寄付してくれねーかな」とか言い合う空間</strong> の中にある。そこには「政治的な正しさ」といったものはない。 しかし、それは「生きること」に対する、何よりも強い「肯定」である。</p><p>ウィークタイは、こういう場を保ち続けたいと思う。</p><p></p><p>泉翔（NPO法人ウィークタイ 代表理事）</p>","campaign_id":7422,"created_at":"2025-03-20T03:47:16.373606","is_released":true,"released_at":"2025-03-20T09:30:02.268177","unreleased_at":"2025-03-20T03:47:16.387798","display_date":"2025-03-20T09:30:02.268177"},{"id":11062,"main_visual":{"id":"11062","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/f5c43532140e426981d3d1394149f918.png"},"title":"🌟応援コラム⑤🌟 ホリィ・セン（ShuJu不動産、京都大学）","body":"<p>(画像はXアカウント https://x.com/holysen より)</p><p></p><h6><strong>「いつでもいていい」の安心感を生み出せる場所</strong></h6><p>ホリィ・セン（ShuJu不動産、京都大学）</p><p>\tとよなかリレーションハウスは「いつでもいていい」場所なんだな、と僕は思っています。ゆるい空気が漂っていて、行くたび居心地が良いものですから、いつもつい泊まらせていただいております。厳密には「いつでもいていい」わけではないでしょうが、「いつでもいていい」〝感じ〟が安心感を生み出し、人の人生を変えるような深い関係ができあがっていくのを僕は何度も見てきました。でも、これはなかなか定量化することが難しい話ですので、僕自身の経験から語りたいと思います。</p><p>\t僕は2012年に京都大学でサークルクラッシュ同好会という団体を立ち上げ、運営してきました。「サークルクラッシュ」とは集団内の恋愛トラブルのことを指します。はじめこそ「京大では、変なサークルを作るのがイケてる！」ぐらいの感覚での見切り発車でした。しかし、人と「深い関係」を築けなくてコンプレックスを抱いている人や、狭いサークル内でついつい他人との距離感を間違えてしまう人、恋愛トラブルのせいでせっかくの居場所を失ってしまう人……といった「人間関係における生きづらさ」がサークルクラッシュ現象には深く関わっています。実際、会をやっていくなかで、精神疾患や家庭環境の問題を中心とする生きづらさを抱えた人の話をたくさん聞きました。そこで「ふつうの集団」に馴染めない、居場所がない、と感じている人がゆるく集まれる「受け皿」を作ろうという思いで、大学生に限らず「誰でも来ていい」（半ば自助グループ的な）会として僕はサークルクラッシュ同好会を運営するようになりました。定期的な活動日を通じた交流は、ちょっとした居場所になっていたようにも思います。</p><p>\tしかし、「活動日」にだけ人が集まるかたちでは「通う」のが難しい人もいます。そこで、会の活動は継続しつつも、活動日じゃなくても「いつでも来ていい」場所を作ろうと思いました。それでできたのが「サークラハウス」でした。友人同士で京大の近くに一軒家を借りてシェアハウスにしたわけです。「サークラハウス」はすぐに「オープンシェアハウス サクラ荘」に改名して独立した組織となり、「24時間いつでも来ていい」シェアハウスとしてひたすらリビングを開放していました。鍵もかけずに「いつでも来ていい」という駆け込み寺式の運営をしていたおかげでいろんな人が現れたものです。</p><p>\tもちろん「いろんな出会いがあること」は魅力的なことです。でも、それ以上に大事なことだと僕が思うのは、出会った人と深い関係ができあがっていくことです。仮に出会いが無限にあったとしても、そこから誰とも友だちになれないのであれば、とても寂しいことではないでしょうか。では、どうすれば出会った人と深い関係になれるのでしょうか。</p><p>\t僕が思うにそれは、<strong>「いつでも来ていい」が「いつでもいていい」になるとき</strong>です。人はどうしても初対面の、一回会っただけの人とは友だちにはなれないように思います。何回も会って、何時間も一緒にいるなかで、警戒心のようなものが解かれていき、力が抜けていきます。それは「この人は私を嫌っていない」「私を受け入れてくれている」と感じられる経験でもあります。それはついつい自動的に「自分は嫌われているんじゃないか」「何か思われているんじゃないか」「馴染めていないんじゃないか」と考えてしまう人にとっては、決定的に重要なことです。たとえば社会からマイノリティとみなされるような人々はその人自身「自分がマイノリティである」という意識（セルフスティグマ）を持たざるを得ず、どうしても「馴染めていない」という疎外感や不安をおぼえがちです。そんな人であっても、「いつでも来ていい」場所に行き、そこで誰かと出会い、その出会いを通じて、そこが「いつでもいていい」場所になっていきます。</p><p>\t「そこにいる」ことで——腰を突き合わせたやりとりを積み重ねていくことで——疎外感や不安は解消され、持続的な安心感が醸成されていきます。そしてその安心感があるからこそ、ふとしたときに自分の深い部分を開示できるし、それが人との関係を深いものにします。つまり、安心するから深い関係になれるし、深い関係だからこそ安心できる。この「安心⇔深い関係」のサイクルを生みだす土壌を耕せることが、拠点を持つことの意義だと僕は思います。それは、不安や疎外感をおぼえやすいマイノリティの集まる団体やコミュニティであればなおさらです。</p><p>\t今の僕はもう「いつでもいていい」場所を運営していません。京大に在籍しつつも、シェアハウスをはじめとしたコミュニティ作りをサポートしていくためにShuJu不動産という不動産屋を立ち上げ（てしまい）、研究と仕事に忙殺される日々です。でも、「いつでもいていい」場所を運営していたことが若気の至りだったなんて決して思いません。トラブルもありましたが、それについては話し合って解決すれば済む話ですし、対応のノウハウは積み上がっていくものです。今でも時間に余裕があるならば「いつでもいていい」場所を運営したいぐらいです。僕はただ、不動産屋として「いつでもいていい」場所になりそうな物件を発掘し、サポートする側の立場になっただけです。やはり、「いつでもいていい」場所を現場で運営する人たちは大事です。とよなかリレーションハウスはそんな「いつでもいていい」という安心感を醸し出せる場所なのだと思います。</p><p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p><p></p><p>後ほどウィークタイの誰かからのコメントが入るかと思います👇</p><p></p>","campaign_id":7422,"created_at":"2025-03-07T06:28:28.958016","is_released":true,"released_at":"2025-03-07T07:40:02.583732","unreleased_at":"2025-03-07T06:28:28.972892","display_date":"2025-03-07T07:40:02.583732"},{"id":11042,"main_visual":{"id":"11042","file":null},"title":"🌟応援コラム④🌟 丸山康彦（ヒューマン・スタジオ代表）","body":"<h6>【先々月の大阪研修旅行・２日目午後】</h6><p>そんでそんで、午後のフィールドワークは「ウイークタイ」が運営している２か所への訪問。バスと電車で移動し某駅前の集合場所へ。その場で自己紹介を１周したあとスタッフの方の先導で２０分以上歩き、２番目に開設された滞在型施設「春日ベース」に到着。旧知の泉翔代表が玄関横の窓から顔を出し、最初に私を見つけてくれました。</p><p>泉さんによる説明とスタッフの方の案内で内部を見学したあと、バスの移動時間があるため長居はできずにそこを辞し、バスを使って「ウイークタイ」が最初に開設した多目的施設「とよなかリレーションハウス」に到着。</p><p>ここでは、管理人やスタッフの方の説明と参加者全員による２か所の感想の出し合いなどが終了時間まで行われたあと、スタッフの皆様のおもてなしによる鍋パーティーとなり、私も夜遅くまで残って楽しませていただきました。</p><p>こちらは滞在もミニイベントを行うことができるスペースとして、関西おとなひきこもり界では有名。スタッフや常連利用者のお話から、気軽に出入りして楽しく過ごすことができそうで、多くの人が居場所だと感じているだろうと想像しました。</p><p>泉さんはじめスタッフの皆様、お世話になりました。</p><p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p><p></p><p></p>","campaign_id":7422,"created_at":"2025-03-04T04:22:31.305618","is_released":true,"released_at":"2025-03-06T08:51:21.492689","unreleased_at":"2025-03-04T04:22:31.321459","display_date":"2025-03-06T08:51:21.492689"},{"id":11028,"main_visual":{"id":"11028","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/224114a6903f419795094ac40be7acc4.jpg"},"title":"🌟応援コラム③🌟 伊藤康貴（社会学者）","body":"<p>（写真は昔のとよなかリレーションハウス）</p><h6><strong>リレーションハウス、行ってみて思ったこと。</strong></h6><p>阪急の曽根駅から改札を出て左に、緩やかな下り坂の道を歩いていくと、やや古めかしい木造の二戸一長屋がみえてくる。屋根から「とよなかリレーションハウス」の看板がぶら下がっている。「ここだ。ここだ」。玄関は左右に二つみえるが、右側の玄関から出入りするらしい。ガラガラガラ。引き戸を開けて「ごめんください」。</p><p>そこはまんま「人んちの玄関」である。すでに参加者が集まっているのか、玄関の土間は靴でいっぱいだ。「こちらへどうぞ」。招きに応じて靴を脱いで右手側の部屋に入っていく。こちらもまんま「人んちのリビング」である。木造の古めかしい建物（家屋）ということもあり、どこか懐かしさも感じさせる部屋だ。大きな液晶テレビ（アンテナはつながってない）、テーブル、椅子、ソファがあり、先に来ていた人はパソコン作業をしていたり、本を読んだり、みんなもくもくと過ごしている。年季の入ったソファはだいぶくたびれているが、寝転がっている人をよりいっそう包み込んでいた。</p><p>もうすぐお昼、台所の方ではカレーを作っているようだ。スパイスのにおいがリビングの方まで漂ってくる。そういえばまだお昼を食べてない。「カレー食べられますか？」。腹の音もならないうちに「いただきます！」と即答。思いがけず、美味なカレーにありつくことができた。</p><p>今日はリビングの部屋を使ってオンライン配信をするトークイベントである。wi-fiを使わせてもらってYouTubeの限定配信の画面をみながら、イベントに参加する。テレビモニタにもその画面が映し出されて、オンラインの参加者の顔や名前がみえる。何やら懐かしい顔ぶれも。</p><p>イベントが終わったら残る人たちでリビングで懇親会。デリバリー・ピザを頼んだり、近くのコンビニやスーパーに買い出しに行ったり。私もビールを買いにみんなの買い出しについていき、そして戻ってみると、知らない銘柄のウィスキーボトルがテーブルに何本か。「どっからでてきたんこれ？」。ある意味ウィークタイらしい。酔いながらみるみる時間が過ぎていく。なぜか話は尽きない。不思議だ。</p><p>気が付いたらお開きの時間。帰る人は帰る。「そうそう今日は泊まるんだった」。リレハにもシャワー室はあるが、「近くに銭湯ありますよ。いきましょう」。歩いて10分弱。阪急の高架を過ぎてしばらくするとタコの看板が。この銭湯、その名の通りたこ焼きも売ってるらしい。もう夜も遅いのでたこ焼きは終わり、今日はお風呂だけ。銭湯の2階は露天風呂で、なかなかに気持ちがいい。湯上りにみんなでラムネを飲みながら帰る。左手側に大きな公園。「そういえば昔ここでみんなで花火したな」。ふと、数年前にあったリレハのイベント後のことを思い出す。</p><p>リレハに帰ってきて寝床の用意。1階と2階、いくつか泊まれる部屋はあるようだ。畳の匂い。「えらい年季の入ったふとんやね」。お盆にいつも帰っていたおばあちゃんちの布団を思い出す。薄くてかたくて少し埃っぽいけど、どこか懐かしい。もう疲れたのか、同室の人は二言三言で寝落ちしてしまった。家族以外のだれかと一緒に泊まるのはいつぶりだろうか。泊まれる居場所、仲間がいる。家に帰ってひとりふっと孤独感に襲われることはない。</p><p>失われて気づく、なんてことない日常。「うちではそんなんもなかったわ」、ついさっき聞いた言葉。「でもそれがふつうやと思ってた。みんなで楽しくわいわいなんてこと知らんやった」。みんなが同じような家族を過ごしているわけではない。家族がしんどいことがある。家に帰りたくないときがある。「ここがなくなったら私はどこに行けばいいの？」。</p><p>365日24時間、誰かのために開かれてるリレハ。古めかしい二戸一木造長屋の空間におけるこのクレイジーな実践（実験）によって救われた人は確かにいる。この空間やそこでの出会いは、私たちの日常を捉え返し、揺さぶり、編み直し、組み替えていく。それはあまりにも日常的すぎて、肩肘張った「支援」の枠組みでは決して捉えきれないが、しかしその日常こそが生きづらい問題の核心だったのではないだろうか。</p><p></p><p>伊藤康貴（社会学者・大手前大学准教授）</p><p></p><p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p><p></p><p>以下、伊藤さんの文章を拝読して、リレーションハウス管理人も文章をつづらせていただきます。</p><p></p><p><strong>さびしくない、実家の出かた</strong></p><p>ひとり暮らしを、したことがなかった。ほんとは、大学生のときにやっていればよかったかなと思う。けど、大学があった京都でうまく人とつながれなくて、実家暮らしのまま、卒業してしまった。卒業後も、実家。うまく外の世界に出られないイライラからか、家族とケンカもしがちだった。</p><p>さびしいのはイヤだった。けれど、他人と一緒にいることも、緊張してむずかしい。大学に入ったとき、寮に入ったけれど、知らない人とずっと一緒にいるのはしんどくて、すぐ辞めてしまった。卒業後、勇気を出して台湾に語学留学をした。台湾の大学寮は相部屋だったけど、空き部屋を見つけてひとりの空間をつくりつつ、４ヶ月を過ごした。いい成功体験だった。</p><p>ひとりぐらしはお金がかかる。コスパなら、実家暮らしが一番いい。けれど、ほんとはもっと外に出てみたい。30歳になって、かつての理想と、何をやったらいいのか、何ができるのかわからない現実とのギャップに深く悩んでいたとき、時々行っていたとよなかリレーションハウスで、声がかかった。「リレハの管理人やりませんか？」。それなら、やれるかもと思った。</p><p>イベントの時はとても楽しい。けど、何もない日はひとりで、さびしかった。いつしか、スタッフのIさんが泊まってくれるようになった。Iさんとリレハのリビングで色々話す。味噌汁作ったよと言って、Iさんにもあげる。Iさんのパンをもらう。東京や鳥取、ときに台湾の友人が泊まりに来てくれる。遠くにいる友人とも、会いやすくなった。近くの友達も、時々遊びに来てくれる。ふたりで、あるいはみんなで一緒にたこ湯に行って、ゆっくり話す。２時間くらい、すぐだ。</p><p>いつも、誰かが来てくれるわけではない。さびしいのは苦手で、時々実家に帰る。拠点が増えた感じ。きっとそれは、めぐまれている。</p><p>日常を、ほかの人たちとシェアする感じ。一緒に、日常すごしませんか？</p>","campaign_id":7422,"created_at":"2025-03-02T03:13:57.629957","is_released":true,"released_at":"2025-03-02T12:00:02.689483","unreleased_at":"2025-03-02T03:13:57.649451","display_date":"2025-03-02T12:00:02.689483"}]}