{"links":{"next":"https://api.syncable.biz/campaign/7929/reports/?is_released=true&page=2&rowsPerPage=4","previous":null},"count":8,"rowsPerPage":4,"page":1,"results":[{"id":11582,"main_visual":{"id":"11582","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/218fca3d3ed24623a5dc82efd23bcf79.jpg"},"title":"がんで大切なご家族を亡くされた方へインタビューを行いました②","body":"<p>みなさん、こんにちは😊✨ゆっぽです。</p><p>わたしは現在、12月７日に行われるフルマラソンチャレンジに伴い、ファンドレイジング活動を行っています。</p><p>今回のキャンペーンによって集めた寄付金はすべて、認定NPO法人「マギーズ東京」の運営資金に役立てていただければ…と考えています。</p><p>また、今回の活動を開始するにあたり、わたし自身も「がん」という病気についての理解を深めたいと強く思うようになりました。</p><p>先日のインタビュー記事第１回の投稿では、Xで仲良くさせていただいているフォロワーの「K」さんにインタビューを行い、Kさんの今の率直な思いや当時の心境についてブログ記事にまとめさせていただきました。</p><p>今回のインタビューは、またまた普段からXで仲良くさせていただいているフォロワーさんの「Choco」さんのエピソードになります。</p><p>Chocoさんは本業でナースをしており、ご自身もnoteにて妊活や不妊治療、そしてからだにまつわる有益な情報を、豊富な知識を活かして積極的に発信されていらっしゃいます。</p><p>今回のお話は、そんなChocoさんがご自身のお祖母さまをがんによって亡くされた際のエピソードになります。</p><p>なお、こちらのインタビュー記事に関しては、質疑応答形式ではなく、Chocoさんの体験記というかたちでお送りさせていただきますので、予めご了承いただければ幸いです。</p><p>以下は体験記の全容です。</p><p></p><h2><strong>いのちを繋ぐこと</strong></h2><p></p><p>私の家系では初めて聞いた、がん。</p><p>「おばあちゃんね、がんだった。もう、あと3ヶ月くらいだって。今から手術になる。」</p><p>実家を出て別暮らしをしていた私に、母からの電話でした。</p><p>この電話の2～3週間前あたりから、祖母の食欲がなく、あんまり食べないのだと母から聞いていました。</p><p>毎朝、早朝から騒がしくパタパタとスリッパの音を立てて家事をしていた祖母が起きてこないとも聞いており、病院に連れて行った結果の電話。</p><p></p><p>職種柄、闘病中のがん患者さんとも元がん患者さんとも出会っているものの、一緒に暮らしてきた家族のなかで、初めてのその響きの重さを感じた瞬間でした。</p><p></p><p>私が小学3年生のときから一緒に暮らしてた祖母は胆道がんで亡くなりました。</p><p>幼い頃は厳しい祖母のことが苦手で、中学高校時代はかなり反発したことも。</p><p>毎朝5時には起き、早い時間からお掃除をし、6時半に必ずラジオ体操をし、毎朝同じ朝食を食べていたのをよく覚えています。</p><p>トースト1枚と牛乳を入れたホットコーヒー。毎日毎日、ほんとに変化なくそうでした。</p><p></p><p>自分のなかでのまっすぐが大事で、芯のある女性だったのだと思います。</p><p>自分にも他人にも厳しい人でした。</p><p>生まれた時代背景もあり、男の子はキッチンに入ってはならないだとか、お箸と鉛筆は右手で扱わなくてはならないだとか、躾も昔ながらでした。</p><p>そういったことを受け入れ難いと感じた時期が長かったことは、今でも思い返すと悔やんでしまいます。</p><p></p><p>元看護師であり、元中学校の養護教諭だった祖母は、健康ネタにも詳しくて、午後に少しのお昼寝をして、夜は20時頃には寝る。</p><p>模範的な生活で、病気知らず風邪知らず。ほんとにいつも元気に動き回っていました。</p><p>なので、「がん」「末期」「3ヶ月」はイコールで結び付かないような響きで…。</p><p></p><p>そのまま詰まった胆管を通すための手術となるのですが、がんはおなかのなかでひどく拡がっており、通すことはできず。</p><p>おなかに穴を開けてドレーン ( 管 ) で外に排出させることで終わります。</p><p>他にやれることは何もない、家で看取るか病院か。</p><p>私の父母も妹もフルタイムの仕事をしていましたし、祖母が帰ってきて看られるか？が問題となりました。</p><p>幸い、家族の仕事の時間帯に差があったのと、私は距離はあるものの、行けるときになるべく行くことで無理矢理感もありましたが、帰宅することに決まりました。</p><p></p><p>お昼休みに母は一時帰宅してオムツ交換をしたり、父はドレーンで体外に留置しているバッグに胆汁が貯まったら捨てる。</p><p>どうにかこうにか祖母がひとりになる時間を少なくし、サポートしていたのではないかと思います。</p><p></p><p>もしも介護認定がすぐ受けられるものだったら、ヘルパーさんや訪問看護などを頼ることもできたのになぁと思いました。</p><p>介護認定は、申請してから調査・審査を受け、認定を受けられるまでに早くても1ヶ月はかかります。</p><p>祖母の時間は3ヶ月。</p><p>行政サービスを受けるには前述のとおり、手順や審査があります。</p><p>国の事業であり、補助やサービスを受ける訳なので当たり前ですよね。</p><p>ただ、入院患者さんが介護申請をしていない場合の急な退院にも、スムーズに自宅での生活がスタートできるような仕組みができたらいいのにな！とはこのときに思いました。</p><p>なので、祖母の場合は介護用の電動リクライニングベッドも介護申請をしてのレンタルではなく購入をしました。</p><p>他人からすると「 たった3ヶ月なのに！？」と思うのかもしれませんね。</p><p></p><p>そこからは、祖母と親しかった知り合いや親戚に連絡をして会いに来てもらったりでした。</p><p>私が実家に行くと、リビングに知らない人たちがいる！！みたいな笑</p><p>キッチンで誰かなんかしてる！！みたいな笑</p><p></p><p>それから、私と父は祖母のケアについての考え方に差がありました。衝突まではしていませんが。</p><p>私はターミナルケア ( 終末期看護 ) や他にも色々と興味があり、研修などにもよく出ていたのですが、パーソン・センタード・ケアの観点から離れているのではないか？との想いでした。</p><p>ターミナルケアは、「 人生の最終段階のケア 」のことをいいます。</p><p>病気などが進行し、治すことが難しくなったときに、その人ができるだけ苦しまず、自分らしく穏やかに過ごせるように支えるケアをすること。</p><p>例えば、痛みやつらさを和らげたり、不安な気持ちに寄り添ったり、家族との時間を大切にできるように環境を整えたり。</p><p>「 最期までその人らしく生きること 」を大事にするものです。</p><p>その人らしくあれるように、「 その人を中心としたケア 」がパーソン・センタード・ケアの考え方です。</p><p></p><p>祖母は相当な痛みに耐えていました。</p><p>でも、本当に強い人だったので「 痛い 」と訴えたり、唸ったりなどの声をあげるようなことは一度もありませんでした。</p><p>体をよじろうとするような動きが出るので、それが痛みが襲ってきたサインでした。</p><p>痛みの緩和には、モルヒネを処方されていたのですが、私はそれを使って残された時間を少しだけでも穏やかに、痛みに苦しまずに過ごさせてあげたいと父に話していました。</p><p>しかし、父はモルヒネを持続で使った場合の脳神経系の副作用を気にして、「 使わない 」と。ぼぅっとしたり、訳が分からないようになって、意志疎通もできなくなるような状態で過ごすことがいいとは思えないという意見でした。</p><p></p><p>祖母が自身で選択をするとしたらどう考えたのか、私には分かりません。</p><p>最終的には亡くなる直前の数日間程度は使ったようです。</p><p></p><p>毎日、忙しなく動き回っていた祖母が急に寝たきりとなり、寝返りすらできない状態に。</p><p>本人はきっとそれだけでもつらく、この先が不安でたまらないはずなのに、とてつもない痛みと静かに戦っているなんて…と、これはとても忍びなくつらいことでした。</p><p></p><p>また、他にもつらかったことはあります。</p><p>少し喋れるときに、「 もう少し経ったら元気になってくるかな 」と言っていたこと。</p><p></p><p>祖母の部屋に数ヵ月前の受診の検査データが置いてあり、何気なく見ると明らかな緊急度の高い異常値があったこと。</p><p>祖母は体調不良でこっそりと受診をしていて、状況は医師から聞いて分かってひとりで決断をしていたのだと思います。</p><p></p><p>また、病気が分かる少し前に古いアルバムを出してきて、私に自分の親や兄弟、親族を教えてくれたことがありました。</p><p>私はあのときに興味を持った姿勢で祖母の話を聞いてあげられてたかな…と、何度も思い出しては自分を責めるようなつらい気持ちになりました。</p><p></p><p>本人は分かっていたのだろうな…不安だっただろうな…と思うと、堪らない気持ちになりましたし、今でも思い返すとその気持ちは甦ります。</p><p>また、このとき真冬だったのですが、氷のアイスが食べたいと言い、私が買って行って食べさせてあげました。</p><p>ほんの少ししか食べられなかったけれど、「おーいしい」と小さな声で言っていました。</p><p>死が近づく方は全員ではありませんが、冷たいものを欲することがあります。</p><p>これも悲しいと感じた出来事でした。</p><p></p><p>結局、祖母はがんが分かってから2ヶ月経たずして亡くなりました。</p><p>本当にあっという間で、あっけなくて。人の命の儚さと、だからこその重さを改めて感じました。</p><p>その日は前が見えなくなるほど泣きながら運転をしたのを覚えています。</p><p>「 あぁ、人は後悔というものを必ずするようにできているんだろうな 」と思いました。</p><p></p><p>告別式では教え子さんも来てくださったり、家族親戚たくさんの人に見送られて祖母は旅立ちました。告別式を終えた空に虹がかかっていたことも忘れません。</p><p>おじいちゃんがそこまで迎えに来てくれたのかな？とみんなで話しました。</p><p></p><p>子どもの頃、ときどき祖母が一品か二品おかずを作ってくれたりしていたのですが、特に田作りは絶品で大好きでした。</p><p>お店で買うものとは全然違う、独特の食感。</p><p>後に作り方を教えてもらい何度も作り、私の得意な料理のなかのひとつです。</p><p>もうかなり前のことですが、知り合いに作り方を教えてと言われたり、たくさん作ってお裾分けしたり。コロナ前なんかは職場でお昼にみんなで食べたり。</p><p>私がその味を継げたこと、繋げていけることは有り難く光栄なことと思っています。</p><p>これも、いのちを繋ぐことの一部。私にはそう思えるのです。</p><p></p><p>今回、こうしてお話をする機会を作ってくださりありがとうございました。</p><p>こうして年月を経て振り返ることができ、私としても本当に良い経験となりました。</p><p>久しぶりに祖母の田作り、作ろうかな。</p><p></p><p></p><p>Chocoさんの体験記は以上です。</p><p>今回、Chocoさんの体験記を読んでいて、<strong>「パーソン・センタード・ケア」</strong>や<strong>「ターミナルケア」</strong>といった医療にまつわる用語がいくつか出てきました。</p><p>こういった用語の意味するところや考え方について普段から意識しておくだけでも、いざという時に役に立つだけではなく、ご家族間でなにか重要な決断を迫られた際にも落ち着いて対処ができるのではないか、と思います。</p><p>そしてChocoさんが感じた「 あぁ、人は後悔というものを必ずするようにできているんだろうな 」という気持ち。</p><p>これはわたしも読んでいて痛いほど伝わってきました。</p><p>病気が発覚してから亡くなるまでの期間がとても短いと、「あのときもっとこうしてあげたらよかったんじゃないか」という後悔の念がより強まるような気がしています。</p><p>しかしChocoさんはお祖母さまが生前よく作られていた田作りの味を受け継ぎ、今も得意料理のひとつとしてよく振る舞っているとのこと。</p><p>こういったかたちでその人が確かに生きていた証、そして命が繋がれていることを実感できるのは、とても素敵なことだと思いました。</p><p></p><p>お忙しい中、インタビューにご協力くださったChocoさん、本当にありがとうございました。</p><p></p><p>今後もこういったかたちで「がん」にまつわるエピソードをお持ちの方へインタビューを行っていきたいと思っています。</p><p>取材にご協力いただける方がいらっしゃいましたら、わたしのXアカウントのほうへDMをくださるととても嬉しいです。</p><p>最後までお読みいただき、ありがとうございました。</p>","campaign_id":7929,"created_at":"2025-07-01T18:15:58.678884","is_released":true,"released_at":"2025-07-01T18:16:01.369771","unreleased_at":"2025-07-01T18:15:58.692294","display_date":"2025-07-01T18:16:01.369771"},{"id":11567,"main_visual":{"id":"11567","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/15bfee607a8b4fef9620e9de54834fbc.jpg"},"title":"マギーズ東京の見学会へ行ってきました","body":"<h1>マギーズ東京の見学会へ行ってきました</h1><p>みなさん、こんにちは😊✨ゆっぽです。</p><p>今日はお仕事がお休みだったので、朝から早起きしてさっそくランへ。</p><p>当初の予定では今月2回目の皇居ランを行うつもりでいたのですが、なんと今日は朝から気温が<strong>30℃超え</strong>。</p><p>この炎天下のなか、長時間走るのは危険と判断し、急きょいつものジムへと向かいました。</p><p></p><p><img src=\"https://storage.googleapis.com/syncable-app/upload/c88059e5-c463-43b5-88f5-89572fb2e327.jpg\"></p><p>トレッドミルで映画を観ながら走ります。</p><p>今日の予定はLSDと言って、長～い時間をかけてゆっくりとジョグを楽しむ日。</p><p>わたしもネットフリックスで映画を１本ダウンロードして、<strong>5:50～8:00までの２時間</strong>、みっちり走り込んできました。</p><p>ちなみに走行距離は<strong>18.5km</strong>。なかなかですね。</p><p>そして走り終えたあとは一度家に帰って準備をし、向かった先は豊洲。</p><p>実は今日お仕事を休んだ一番の目的は、寄付先の団体である<strong>マギーズ東京</strong>の見学会に参加することでした。</p><p>わたしも実際に当施設を訪問するのは初めてだったので、少しドキドキしましたが、玄関先へ向かったら施設のスタッフさんがとてもやさしい笑顔で出迎えてくださいました。</p><p></p><p><img src=\"https://storage.googleapis.com/syncable-app/upload/b59a4a3f-dd90-4d83-922a-1624abc9b1b7.jpg\"></p><p>キッチンスペースもあります。</p><p><img src=\"https://storage.googleapis.com/syncable-app/upload/0a3b19bb-be2b-45c0-9bc3-986c0e14e55d.jpg\"></p><p>緑が多くて落ち着く空間でした。</p><p>見学会の冒頭では約40分ほど、当施設の歴史や運営、活動状況などを現役看護師のスタッフさんに説明していただき、そのあとは自由に施設内を見学する時間が設けられました。</p><p><img src=\"https://storage.googleapis.com/syncable-app/upload/46d6c003-90b8-4ace-bca5-427d1943f4aa.jpg\"></p><p>かわいいクッションがたくさん。</p><p><img src=\"https://storage.googleapis.com/syncable-app/upload/3d44282c-c177-4467-9284-9f3c41f00abc.jpg\"></p><p>本も読めます。</p><p>建物の中は木のぬくもりが存分に感じられる造りになっており、広々としたスペースには温かみのあるソファやテーブル、そして本などがたくさん置かれていました。</p><p><img src=\"https://storage.googleapis.com/syncable-app/upload/4068a865-eeaf-463a-9b14-c725ddddbc50.jpg\"></p><p>オフィシャルグッズもあります。</p><p>この日の見学会参加者は<strong>約10名</strong>ほど。ほとんどの人がお友達やグループで来ており、わたしが参加した時間帯はほかの参加者も全員女性でした。</p><p>見学会の終了後に、スタッフの女性の方に個別で声をかけていただいたわたしは、今回のキャンペーンの趣旨や動機、具体的な日程などについて、改めてお話をさせていただくことができました。</p><p>マギーズ東京のように、多くの支援者のサポートによって運営されている施設にとっては、わたしのような一個人でも力になれることがあると分かって、とても嬉しかったです。</p><p>今回、実際に施設をこの目で見て、そこで働くスタッフの方ともお話をさせていただくことができて、改めてキャンペーンへの意気込みが強まった気がしています。</p><p>今はまだ、東京にしか拠点がありませんが、今後もこのような素敵な場を日本国内にもっと増やしていってほしい。</p><p>そしてそのために何かお手伝いができるのであれば、微力ながらその活動の一員として責任を持って今回の任務を成し遂げたい。</p><p>そう思わせてくれるような、大変貴重な時間を過ごすことができました。</p><p>次にここに訪れるときは、わたしが今回のチャレンジをきちんと成し遂げて、キャンペーンも無事成功に終わっているタイミングであるはず…！</p><p>まだ時間はありますが、今からでもできることをひとつずつ、着実に積み上げていきたいと思います。</p>","campaign_id":7929,"created_at":"2025-06-28T17:41:46.413368","is_released":true,"released_at":"2025-06-28T17:41:49.346432","unreleased_at":"2025-06-28T17:41:46.430428","display_date":"2025-06-28T17:41:49.346432"},{"id":11558,"main_visual":{"id":"11558","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/2299adcdb3d9496599bca697267fdb36.jpg"},"title":"がんで大切なご家族を亡くされた方へインタビューを行いました","body":"<p>みなさん、こんにちは😊✨ゆっぽです。</p><p>わたしは現在、12月７日に行われるフルマラソンチャレンジに伴い、ファンドレイジング活動を行っています。</p><p>今回のキャンペーンによって集めた寄付金はすべて、認定NPO法人「マギーズ東京」の運営資金に役立てていただければ…と考えています。</p><p>また、今回の活動を開始するにあたり、わたし自身も「がん」という病気についての理解を深めたいと強く思うようになりました。</p><p>そこで今回は、Xで仲良くさせていただいているフォロワーの「K」さんにインタビューを行い、Kさんの今の率直な思いや当時の心境についてブログ記事にまとめさせていただきました。</p><p>Kさんは今から４年ほど前に、最愛のお母さまをがんによって亡くされています。</p><p>以下はインタビューの全容です。</p><p>(今回の内容をブログ記事にまとめることについては、事前にKさんに了承を得ています。)</p><h3><strong>Q1.お母様の病気がわかった時、最初にどのようなことを感じましたか？その時の状況や、お母様、ご家族との会話で印象に残っていることがあれば教えてください。</strong></h3><p>母から</p><p>「端的に言うと、癌だった。」とLINEが来たんです。</p><p>頭が真っ白になって、血の気が引いていって。何て返信すればいいか分からなくて。</p><p>当時まだ生後30日目だった娘を抱いたまま涙がぼろぼろ溢れました。</p><p>「がん」という病気がとても怖かったんです。</p><p>治療が過酷なんじゃないか、もしかすると治らないんじゃないか、病状は重く辛く苦しいものなんじゃないだろうか…</p><p>そんな母への心配と、あとは私自身が産後間もないタイミングだったので</p><p>今後の生活がどうなるのか、とにかく何も分からず不安でいっぱいでした。</p><h3><strong>Q2.お母様の闘病中、特に印象に残っているエピソードはありますか？それはどのような場面でしたか？</strong></h3><p>私の妹の結婚が決まっていて、結納をすることになったのですが</p><p>母もなんとかその日は体調も良く、同席することができました。</p><p></p><p>振袖を着た妹の晴れ姿を見られて、素敵な御祝膳をみんなで囲むことができ</p><p>母は本当に幸せそうに微笑んでいました。</p><p>元気ではありませんでしたが、家族でハレの日をお祝いできたことが本当に嬉しかったです。</p><p>その3か月後に母は亡くなってしまったので、結婚式への出席は叶いませんでしたが</p><p>きっと、結婚式も見に来てくれてたんじゃないかなと思います。</p><h3><strong>Q3.お母様との思い出の中で、一番心に残っていることは何ですか？</strong></h3><p>ひとつだけを選ぶのが難しいですが…私の結婚式でしょうか。</p><p>ベールダウンと、バージンロードも母が手を引いてくれました。</p><p>母は大きな瞳いっぱいに涙をためて</p><p>泣くのをこらえながら１歩１歩しっかり歩いて、私の手を夫へ引き渡してくれました。</p><p>2児の母になった今だからこそ、あの時の母の気持ちが少し分かる気がします。</p><p>子どもを育てるのはとても大変なこと</p><p>片親だったから尚更、さまざまな苦労があっただろうこと</p><p>妊娠出産してから今日まで、毎日大切に想って育ててくれたこと</p><p>そしていつかは子どもを手放すこと…</p><p>母のさまざまな想いや、注いでもらった愛情を一番感じられた1日でした。</p><h3><strong>Q4.お母様を亡くされた後、一番辛かったことは何でしたか？また、その辛さをどのように乗り越えようとしましたか？</strong></h3><p>「もう二度と、母と話すことはできないんだ、もう二度と会えないんだ」と実感するたびに涙がこみ上げました。</p><p>受け入れられなくても現実は変わらないし、辛さを和らげるすべもなく</p><p>ただひたすらに毎日をやり過ごしていた感じです…</p><p>わざと予定を入れて忙しくして考えないようにしたり、あとは時間薬しかないと思います。</p><p>死後しばらくすると、悲しみの波も少しずつ落ち着いてきますが</p><p>悲しみを「乗り越える」のではなく、悲しみと「共に生きていく」という表現の方が、私の場合は合っている気がします。</p><p>母と生きてきた幸せな世界には戻れません。母のいなくなった、新しい世界で頑張るしかないんだと時間をかけて受容していった…という感じです。</p><h3><strong>Q5.お母様が亡くなられてから、日常生活で変化を感じたことはありますか？例えば、習慣や考え方、時間の使い方など、どんなことでも構いません。</strong></h3><p>毎晩眠りにつく時に、子どもの寝顔を見ながら、今日も無事に1日を終えられたことに心から感謝するようになりました。</p><p>私も家族も友達も、みんな平均寿命くらいまで普通に人生が続くものだと思っていましたが</p><p>母が52歳と若くして亡くなり、その考えが覆されました。</p><p>私は今34歳なので、もし母と同じ年齢で亡くなるとすると、残りの人生は18年間。</p><p>できればもっと長生きして、子どもたちの将来をずっと見届けていたい。</p><p>私が何歳まで生きられるかは神のみぞ知るところですが</p><p>元気で長生きできるように、日々徳を積もうと思います。(笑)</p><h3><strong>Q6.周囲の方々（友人、親戚など）からのサポートで、特に助けになったこと、あるいは心に残った言葉はありますか？</strong></h3><p>母が亡くなってしばらくは、少しでも母の死について話そうとすると泣きそうになっていたので</p><p>あまり根掘り葉掘り聞かずに、</p><p>「そうだったんだね。」</p><p>「大変だったね、辛かったね。」</p><p>と、そっとしておいてくれて、静かに寄り添ってもらえるのが嬉しかったです。</p><p>逆に、「何の病気だったの？何のがんだったの？」とグイグイ聞いてこられたり</p><p>「誰でも通る道だからさ！！！」と謎の励ましをかけてくる人（その人のご両親はご健在…）</p><p>は正直しんどかった…。</p><h3><strong>Q7.お母様がいなくなってから、どのような瞬間に「お母さんがいてくれたら」と感じますか？</strong></h3><p>子育てや日常生活で、苦難や孤独を感じた時に</p><p>「今、母が元気でいてくれたら…」と、何度考えたか分かりません。笑</p><p>どうしても私の体調やメンタルが落ちてしまう時があるので</p><p>そんな時は母に会いたくてたまらなくなります。</p><p>両親健在の友人に対しても</p><p>「実家に帰れば子守をお願いしたり、甘えられるからいいよね」</p><p>と、ダークな感情を抱いてしまう瞬間もありました。</p><p>あとは、</p><p>「私や妹がこの月齢だった時、どんな様子だった？」</p><p>「こんな時はどうやって乗り越えたの？」</p><p>など、育児の悩みを気兼ねなく相談したかったです。</p><h3><strong>Q8.あなたから見たお母様はどんな人でしたか？</strong></h3><p>「完璧」です！</p><p>母はとても美人で（※わたしは残念ながら父親似）スタイルが良く</p><p>さらに頭の回転も速く話術に長け、教養も深く、栄養士の資格も持つ料理上手で、運動神経も優れ、</p><p>そしてユーモアにあふれる、とにかく愛される人でした。</p><p>少なくとも、私の目にはそう映っていました。</p><p>……あれ、私、母の良いところほとんど受け継いでいないぞ……？？（；∀；）</p><p>そして、私と妹のことをとても愛してくれていました。</p><p>態度でも、言葉でも、愛情をいつも示してくれて</p><p>自分たちは愛されている存在なのだと安心させてくれました。</p><p>私も母のような母でありたいです。</p><h3><strong>Q9.お母様の死を通して、ご自身の人生観や価値観に変化はありましたか？もしあれば、具体的にどのような変化でしたか？</strong></h3><p>5問目と重複しますが、強く実感したのは「人生はいつ終わるか分からない」ということです。</p><p>もしかしたら、今日の仕事帰りに交通事故で亡くなるかもしれない。</p><p>もしかしたら、大往生して100歳まで生きるかもしれない。</p><p>どちらの運命でも、できるだけ後悔や心残りを少なくできるよう生きていきたいと願っています。</p><p>という事で、まず手始めに</p><p>自宅や実家に残っている、人に見られたくない私物をどんどん処分しました。（小学生の頃に謎のポエムを書き連ねたノートなど…笑）</p><p>そしてエンディングノートのようなものを用意し、万が一の時は残された家族ができるだけ困らないように準備をしているところです。</p><p>母の死をきっかけに、少々ミニマリストっぽくなったなと思います。</p><h3><strong>Q10.今、お母様に伝えたいことはありますか？どんなことでも構いません。</strong></h3><p>今この世にママがいなくて、とても悲しい。会いたくてたまらない。</p><p>また親子で楽しく他愛もない会話をして、一緒にご飯を食べたい。</p><p>いつかまた会えると信じてるから、その時を楽しみに残りの人生頑張るね。</p><p>これからも、私や子どもたち、家族みんなを見守っていてね。</p><p>生まれ変わっても、また親子になろうね。</p><p>※母が元気で生きていた時、いつも母と妹と私で</p><p>「生まれ変わってもこの３人で親子になろうね～！」</p><p>と笑いながら話をしていました。</p><p>来世はもっともっと親孝行したいと思っています！</p><p></p><p></p><p>インタビューは以上です。</p><p>今回、お忙しいなかインタビューにご協力くださったKさん、本当にありがとうございました。</p><p>みなさんはこちらの記事を読んでどう感じたでしょうか？</p><p>インタビューの中でKさんもおっしゃっていますが、「人生はいつ終わるか分からない」…本当にその通りだと思います。</p><p>だからこそ後悔のないように、一日一日を大切に過ごすこと、そして毎日を平穏に過ごせていることに感謝しなければならないな…と改めて思いました。</p><p>今後も機会があれば、こういったかたちでがんと関わりのある方々を対象にインタビューをさせていただければ…と思っています。</p><p>そして自身の見識を深めるとともに、周りの方々にも「がん」という病気についての理解を促進できれば幸いです。</p><p>もしもこの記事を読んでくださった方で、インタビューにご協力いただける方がいらっしゃいましたら、XのDMのほうにご連絡をいただけますと嬉しいです。(医療従事者や当事者、ご家族、ご友人など関係性は問いません)</p><p>最後までお読みくださり、ありがとうございました。</p><p>ゆっぽ</p><p></p>","campaign_id":7929,"created_at":"2025-06-27T10:16:13.985283","is_released":true,"released_at":"2025-06-27T10:16:16.789190","unreleased_at":"2025-06-27T10:16:14.001044","display_date":"2025-06-27T10:16:16.789190"},{"id":11540,"main_visual":{"id":"11540","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/2718cd1369b241e1840a293450bea21b.png"},"title":"これからの季節の外ランについて","body":"<p>みなさん、こんにちは😊✨ゆっぽです。</p><p>先週は実家に帰ったタイミングでLSDをやろうと思っていたのですが、最近になって急に暑くなったので外で走るのは危険と判断し、急きょジムへ向かいました。</p><p>いつもだったら朝ランを心がけている筆者ですが、先週は病院へ行ったり色々とバタバタしていたので、ワークアウトの時間が午後しか取れず…💦</p><p>ですが連日30℃を超える暑さの中、外で長時間走るのは熱中症の危険性がぐんと高まるのでおすすめしません。</p><p>というわけで、環境は多少違いますがトレッドミルを使って２時間ほど、ゆ～っくりペースでジョギングをすることにしました。</p><p>トレッドミルでマラソントレーニングをするメリットとしては、自分でペースをコントロールしやすいことや水分補給を好きなタイミングでできることなどがあげられます。</p><p>しかし、デメリットとしてランナーのみなさんが口をそろえてあげるのが「同じ景色の中、長時間走り続けなければならないので途中で飽きる」という点です。</p><p>実はわたしはこの問題に関しては、正直あまり気にしたことがありません。</p><p>というのもわたしの場合、一度エンジンがかかったら割と集中力を維持できるタイプなのだと思います。</p><p>わたしは普段、トレッドミルでロングランをするときは、だいたい映画や長尺のドラマをあらかじめダウンロードしていきます。</p><p>今回はネットフリックスで配信されていた少し前の映画、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を見ながら約２時間、ひたすらスローペースで走ってきました。</p><p>走行距離にしてだいたい17km程度です。</p><p>LSDを行うときの注意点としては、決して早いペースで走り過ぎないことが重要です。</p><p>あくまで雑談できるくらいの余裕を持って、長い距離を走ることに体を慣れさせることが大切。</p><p>ちなみに明日はお休みですが、お天気があまり芳しくないようなので場合によってはまたジムに行くことになるかもしれません。</p><p>梅雨で悪天候が続くとどうしても気分も落ち込みがちになりますが、そんなときは好きな音楽を聴いたり、見たい映画を視聴しながら上手にランニング時間を確保していきたいですね。</p>","campaign_id":7929,"created_at":"2025-06-24T19:07:46.938330","is_released":true,"released_at":"2025-06-24T19:07:49.257064","unreleased_at":"2025-06-24T19:07:46.950958","display_date":"2025-06-24T19:07:49.257064"}]}