{"links":{"next":"https://api.syncable.biz/campaign/8021/reports/?is_released=true&page=2&rowsPerPage=4","previous":null},"count":5,"rowsPerPage":4,"page":1,"results":[{"id":11861,"main_visual":{"id":"11861","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/a7aa2a9e783d4f6bb9fa5bc4a72c426a.jpg"},"title":"夏の終わりのご挨拶","body":"<p>夏は日差しの分だけ思い出がくっきりする感じがする分、だんだんと暗くなる時間が早くなり、沖縄では感じづらいですがそれでも少しずつ日差しがやわらいでいくと、少しさびしいような気持ちになります。夏が終わるなと。</p><p>私は8月25日生まれなので、誕生日が過ぎるとそう感じることが多かったのですが、2025年の夏はちょっと一味違ったように思います。</p><p>前回の活動報告で「ひさしぶりに甲子園を気にしている」と書きました。その後「気にしている」どころではなくなりました。沖縄代表の沖縄尚学高校が準々決勝、準決勝、決勝と勝ち進み、優勝したからです。沖縄県代表の試合がある日は、大きすぎる社会問題である県内の渋滞が緩和される傾向にありましたが、今年は緩和なんてものじゃない、道から車がいなくなる、そんな写真がSNSに何枚も上がっていました。</p><p>甲子園の後には旧盆（沖縄では旧暦7月15日がウークイ）がありました。今年はウンケーが木曜で、ナカヌヒー、ウークイと、ゆっくりとご先祖様たちを迎えて送れるカレンダーの並びだったからか、くっきりと印象に残り、なんとなくその終わりが夏も一緒に連れていくような雰囲気がありました。</p><p>そんな今年の夏、私はバースデードネーションに取り組むことで（活動報告にも何度かすでに書いてきましたが）、<strong>保護主義</strong>について考えたり、他者に伝えるために言語化したり、周りにある実例に気づいたりする機会になりました。その機会にご参加くださった方が12人！ドネーション額も約44,000円となり、勇気づけられます。投稿へのリアクションや活動報告に目を通すことも含め、ご参加くださったみなさんに心より感謝申し上げます！</p><p>保護主義と真正面から向き合わなきゃ！という場面にも出くわした夏でしたが、それを言語化するには少し時間がかかりそうなので、前回の活動報告で触れた、「男性によって巨大な権力集中装置となっている甲子園大会や高野連、あるいはこの国にある野球に関するあらゆる組織や構造に目が向くようになった」きっかけについて綴り、ふぇみ・ゼミの活動とともに一人でも多くのみなさんと共有できることを目指して、今年のドネーション最後の活動報告としようと思います。</p><p>【<strong>元朝日新聞記者が甲子園取材中に球児から受けた性暴力被害</strong>】</p><p>ご本人の発信によってこの事実を知ったとき、頭を思いきり殴られた思いでした。私が生まれる前から親しんできて、毎年楽しんできた高校野球という世界の暴力性をつきつけられた瞬間でもありました。</p><p><strong><a href=\"https://uneriunera.com/2020/06/18/kousien/\" rel=\"noopener noreferrer\" target=\"_blank\">甲子園がつらいという話</a></strong></p><p>（さらに詳しく知りたくて購入したZINEがトップ画像の2冊。）</p><p>2020年、コロナ禍で夏の甲子園大会が中止になった年のことでした。<strong>その年を境に私は、大好きだった野球を見なくなりました</strong>。毎年、父と出かけていた高校時代の恩師のチームの応援にも行かなくなりました（ちょうど定年退職の年とも重なっていましたが）。野球部のOBのLINEグループからも距離を取るようになりました。</p><p>好きな野球を見てしまえば誰かに話したくなって、SNSにも投稿してしまうかもしれない。それが誰かを傷つけてしまうのかと思うと見る気になりませんでした。被害に遭った記者よりも、甲子園大会の主催社である会社の都合が優先されたり、有力校の選手の未来だけが守られたりする背景の構造を考えると、高校野球だけでなく日本の野球全てにすさまじい権力勾配があって、離れる以外に自分にできることはないように思えました。</p><p>でも。今年ひさしぶりに何試合か見てみて、沖縄尚学の内野の堅い守りにしびれたり、高校生たちの野球を心から楽しむ表情を見て感動したりして、<strong>まだまだ野球が好きな自分に気づいて、それを楽しめないことに寂しくなりました</strong>。そして、<strong>現状を放置するのは、純粋に野球が好きな子どもたちのことも傷つけることにしかならないのではないか、</strong>そうも思います。</p><p>日本という国で甲子園の文化に抗うことは、並大抵のことではありません。もしかしたら、いやきっと1992年の私が硬式野球をやろうとするほうが簡単だったでしょう。でももしそれができるとしたら、<strong>思いを共有できる人たちがいて、行動したら一緒に傍に立って声をあげるコミュニティができて、意見の違う人と対話して傷ついても癒やせる場所が確かにある</strong>ときだと思います。</p><p><strong>そういうコミュニティを、私はやっぱり作りたいし、それによってラーメン屋でもどこでも、ふいに冷や汗がでてきて体が固まって美味しいものの味もわからなくなるような人が、1人でも減るような社会にしていきたいです</strong>。</p><p>そのための1つの取り組みとして、2025年のバースデードネーションがありました。途中にも書きましたが、参加してくださったみなさん、お気持ち・関心を寄せてくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました。<strong>みなさんの存在がまず最初に私の背中を押してくれます</strong>。もし、今日の活動報告を読んで「もうちょっと何かしたい」、あるいは「何かできる」とお感じになりましたら、ドネーションの終了は9月10日（水）、あと2日ありますので、この投稿をコメントつきでシェアしたり、ワンコイン寄附くださったりすると、さらにさらに勇気づけられます。</p><p>次の首相が誰になっても（現在候補に名前が挙がっている方どなたでも困難しかなさそうですが）、私たちが私たちの暮らす社会をあきらめないためのヒントが、ふぇみゼミには詰まっていますので、「どんな講座があるかな？」「具体的には何ができるかな？」そんな思いで、改めてふぇみゼミのホームページにもアクセスください！</p><p><strong><a href=\"https://femizemi.org/\" rel=\"noopener noreferrer\" target=\"_blank\">ふぇみ・ゼミのホームページ</a></strong></p><p></p><p>2025年の夏の終わりに。自宅にて</p>","campaign_id":8021,"created_at":"2025-08-17T00:17:53.207805","is_released":true,"released_at":"2025-09-08T15:27:32.318522","unreleased_at":"2025-08-17T00:17:53.220838","display_date":"2025-09-08T15:27:32.318522"},{"id":11860,"main_visual":{"id":"11860","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/69fa60a675844956b972d0bde631c08d.jpg"},"title":"ことばや知識を持つことにエンパワーメントされる","body":"<p>ほぼ日ペースで更新するつもりが10日も間が空いてしまいました。6日、9日、15日というこの国のメモリアルデーがあったり、なんとなく夏休みっぽい予定がいくつも入っていたり、仕事もそれなりに詰まっていたり、そういう10日間でした。それから、同僚がハマっているようで職場で話に出る分、今年はひさしぶりに少しだけ甲子園の様子も気にしています。</p><p>さすがに記憶はない（あるわけない！）ですし、残っている写真も2歳くらいの私が父の膝に乗って笑っているものですが、たぶん<strong>49年前の今ごろ、母のお腹の中にいながら甲子園中継を見ていた</strong>と思います。それから中学3年までの8月は、ずーーーーっと甲子園からの中継を父と、弟と、1人でも見てきました（母は、それほど見たくはないけれどテレビがついていたから見ていた、という感じだったと思います）。</p><p>解説者や実況アナウンサーの声、バックネット裏にいつもいるおじさん、そういう風景とともに8月の私の傍らに甲子園がありました。準々決勝がすべて面白くて朝から晩までずーっと見ていた年もあります。小6のときは秋田経法大付属のエース中川くんを同級生が絵に描いていました。沖縄水産の2年連続の活躍もよく覚えています。</p><p>そういう夏を過ごしながら<strong>気が付いたら「高校生になったら甲子園を目指す」、そう思っていました。でも、私が高校生になった1992年は女性が硬式野球ができる環境はほぼなく、マネジャーですら甲子園のベンチには入れないような状況だったので、ソフトボール部に入るか、野球部のマネジャーになるかでかなり悩んだ末、マネジャーになりました。</strong></p><p>当時、女性でも硬式野球にチャレンジしている人は少数ですがいたと思います。神奈川県という、いろいろなリソースにアクセスしやすい場所で高校生だった私には、何らかの方法は探せばあったかもしれないですが、相当運動が得意とか、身体能力が優れているとか、そういうことでもない限り、女性の私が硬式野球をやりたい、例えばマネジャーではなく選手でやらせてくださいなんて、とても言えませんでした。</p><p><strong>野球がやりたいのに、見えないけれど確実に存在する停止線のようなものの存在によって、当たり前に諦めさせられたのですが、当時の私はそれを「仕方ないこと」と自分の中で処理していたと思います。</strong>そして「自分のこと」でしかないと捉えていました。女性であることを理由に制限されることは他にも山ほどあって、理不尽な思いをしている女性も数多存在するのに、周りには悉く目が向いていなかったなと思います。</p><p><strong>ことばや知識を持つことがいかに大事かということを痛感します。</strong>甲子園が好き、野球が好き、でも女の私は見ることしかできない、そこで思考がストップしていて、男性によって巨大な権力集中装置となっている甲子園大会や高野連、あるいはこの国にある野球に関するあらゆる組織や構造に目が向くようになったのは、ここ数年のことです。そのきっかけは次回、書こうと思います。</p><p>ふぇみゼミで学びながら最近私が自分のことばとして習得できたなと思うものに「<strong>保護主義</strong>」があります。例えば、私が高校3年生のとき、それまでマネジャーもノックのときのボール渡し（ノックバットでゴロやフライを放つ監督にボールを手渡す役割）を担えたのに、「危険だから」とできなくなりました。確かに硬球は危険です。でも、マネジャーではなく野球がやりたかった私にとっては、好きな役割を、何の相談も試行錯誤もなく取り上げられた気持ちがしました。もちろん黙って従いましたが。</p><p><strong>誰による誰のための「保護主義」かに注意を払わなければ、誰かの主体的な行動や自主性が奪われ、それを奪いたい人たちが望む構造が強化されてしまいます。</strong>あのとき女性マネジャーは男性たちによって「守られるもの」と位置付けられ、自分たちで選択する自由を奪われたと、今の私にはその構造がちゃんと見えます。</p><p><strong>ふぇみゼミの活動が続き、そこで学ぶ機会が増えていくことで、誰の主体性や自主性も奪われない社会に近づけることができると思っています</strong>ので、ぜひバースデー・ドネーションに参加してください。まずはふぇみゼミのwebページをご覧になるところからよろしくお願いします！</p><p><a href=\"https://femizemi.org/introduction/\" rel=\"noopener noreferrer\" target=\"_blank\">https://femizemi.org/introduction/</a></p>","campaign_id":8021,"created_at":"2025-08-17T00:17:29.536368","is_released":true,"released_at":"2025-08-17T00:53:18.160338","unreleased_at":"2025-08-17T00:17:29.549543","display_date":"2025-08-17T00:53:18.160338"},{"id":11756,"main_visual":{"id":"11756","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/dc13014db98a43f6a70fe7c377b851bd.png"},"title":"私の実践報告","body":"<p>8月1日にスタートし、ここまでに目標額の85％のご支援をいただきました。お気持ちに感謝すると同時に、1人、また1人とご支援が増えるたびにとてもエンパワーメントされています。ありがとうございます💛</p><p>さて、ふぇみゼミを通したインプットを、では私はどのように実践しているかについて、今日は綴ってみようと思います。</p><p><strong>2025年度のなは市民活動助成事業</strong>として「<strong>学生と地域・非営利活動団体による課題解決協働プログラム</strong>」が採択され、7月27日に1回目、8月4日に2回目の研修を行いました。</p><p><a href=\"https://www.city.naha.okinawa.jp/kurasitetuduki/collabo/matidukuri/siencenter/zyosei07.html\" rel=\"noopener noreferrer\" target=\"_blank\">2025年度なは市民活動助成事業</a></p><p>この研修で、</p><p>「講師を務める私を先生と呼ばないでくださいね。1人の講師が前に立って話をするだけで、権力勾配は生じます。そこに「先生」がつくとより急になります。ともに学ぶ存在として、双方向のやりとりをしやすくするためにも「あだにー」って呼んでください。」</p><p>というメッセージを伝え、場の約束事（グラウンドルール）に加え、実施することができました。</p><p>ふぇみゼミで数々の講座を受講するようになってから、このように私が講師を務める場は今までもありましたが、毎回「先生」と呼ばれるシーンが何度かあって、その度に「あ、先生じゃないですから」と個人的に伝えるくらいしかできていませんでした。</p><p>でも今回は、場の約束事を参加者のみなさんと確認する中で伝えることができ、私がなぜこれをみなさんと約束したいのかという思いを共有することもできたと感じます。それは、実際に「先生」とうっかり呼んでしまった方がいらしたのですが、すぐに「あ！」と気付いて「あだにーさん」と言い直していたり、ともにスタッフを務める2人のメンバーのうち大学教員である方も「Tさんと呼んでください」と伝えていたり、他の方の行動に変化があったことで実感できました。</p><p>これまでなかなか全体の約束事にできなかったのは、「先生」と呼ぶことが当たり前な雰囲気があって、長く研究されてきた方、運動されてきた方、また医師や弁護士、教育機関で教えている方を「先生」と呼ぶ方が圧倒的に多く、ひとりだけ「さん」と呼び続けることに限界を感じることがあったり、一緒に場を作る私以外のメンバーが「先生」と呼んでいたりすると、1人で違うことを主張し続けるエネルギーが続かなかったためです。</p><p>そういう状況でも一歩踏み出すことに、ふぇみゼミが私の背中を押してくれたと感じます。8月2日の講座冒頭で、運営委員の熱田敬子さんがふぇみゼミの取り組みの一つの無償労働をなくす、について話されたのですが、「先生と呼ばない」ことはそれにもつながると、これまでの経験をベースに共有してくださいました。</p><p>「運動や勉強会などの場にたまに来た研究者だけが「先生、先生」と呼ばれて、毎回そこで黙々とコツコツ受付や印刷をしている方たちがその研究者たちを持ち上げるような状況があり、それは違う。平等な運動を作らないと人が入ってこられないのではないか。無償労働は若い世代に運動を手渡すことの妨げになる。若い世代に無償でやりなさいというのは格差を生み出すことになる。」</p><p><u>若い世代のための運動の場を作る</u>というのは<strong>ふぇみゼミのミッション</strong>の1つで、ミッションを実現するための取り組みでもあるということもよく伝わってきました。</p><p><a href=\"https://femizemi.org/introduction/\" rel=\"noopener noreferrer\" target=\"_blank\">ふぇみゼミのミッション</a></p><p>実はグラウンドルールを毎回確認することは、「しつこいって思われないかな」「形骸化していってるからもう言わなくていいか」「時間もないから今回はいいや」などの思いになりがちで、メンバーの当たり前になるまでに割とカロリーがかかることだったりします。それでも実行するには、同じ思いで隣に立ってくれる人の存在や、実現したい姿の明確さなどが欠かせません。今そういう場面で心折れそうになっている方がいたら、ぜひふぇみゼミのホームページ、そして何らかの講座の受講をしてみてほしいです。もちろん私が作る場がそういう役割を果たせるようにもしていきます。</p>","campaign_id":8021,"created_at":"2025-08-04T11:08:55.614493","is_released":true,"released_at":"2025-08-06T18:00:02.534834","unreleased_at":"2025-08-04T11:08:55.631976","display_date":"2025-08-06T18:00:02.534834"},{"id":11749,"main_visual":{"id":"11749","file":"https://storage.googleapis.com/syncable-app/campaign/reports/d40c9151089f4100a82a9fa79e0ba74b.jpg"},"title":"ふぇみゼミ講座「沖縄における軍隊による性暴力被害 ― 日本軍慰安所から米軍基地へ」講師：宮城晴美さんのお話を聞いて","body":"<p>宮城晴美さんのお話を直接（今日はzoom越しだったけれど）伺うのは、2023年に宮城さんの生まれ島である座間味のフィールドワーク以来でした。</p><p><a href=\"https://jmsv1.peatix.com/\" rel=\"noopener noreferrer\" target=\"_blank\">講座詳細</a></p><p>フィールドワークのときは、座間味の「集団自決」にフォーカスしてのお話しだったのに対し、今日は、軍隊による性暴力について、沖縄戦下での日本軍の性暴力について、「戦後」にアメリカ、日本、沖縄の関係性が絡んで何が起きてきたか、起きているかを、データや資料を示しながらお話しくださいました。</p><p>今日特に印象に残ったのは、宮城さんが大学生に講義をした際、120人ほどの学生の半数ほどが、1995年の「米兵3人による少女暴行事件」が性暴力事件だと知らなかった、というお話しでした。その講義がいつ頃のことかはお話しされませんでしたが、メディアの報道のあり方に、視聴者・読者である私たちはもっと注意深くありたいと思いました。</p><p>私も「少女暴行事件」といつも言っているなと思います。なぜ性暴力事件と言わなかったのだろう、これからはそう言おうと思います。「強姦」「レイプ」「性暴力事件」ではなく「暴行」「乱暴」「暴力」としたり、「性暴力」「性犯罪」であるのに「いたずら」「痴漢」「のぞき」としたり、という報道姿勢は今も見られます。</p><p>講座の前後に、ふぇみゼミのスタッフや運営委員のみなさんのお話しがあり、その中で「保護主義」について触れられていました。例えば、性暴力被害者を「かわいそう」とすることについて（かわいそうだから前面に立たせない、語らせないなど）、もちろんご本人が語れる状況にない場合は論外ですが、被害者だと名乗り出ようという意思決定は尊重されるものだし、そこには加害者と対峙しようという決意も含まれています。被害者を「かわいそう」と「保護」しようとする人の目的を私たちは知ろうとしなければなりません。</p><p><strong>「被害者保護」の名のもとで、報道内容を制限したり使う言葉を「ソフト」にしたりする人が守ろうとする「安心・安全」とは何なのか、そうすることで覆い隠されてしまうものが何なのかに、いつも注意を払っていきます。</strong></p><p>こんな風にふぇみゼミの講座に参加すると、何かしら自分自身の言動が引き出されます。それは講師や運営委員、スタッフのみなさんのお話し、場づくりにエンパワーメントされるからだと思います。この感じを自分自身の周りにも広めていきたいなーと思う気持ちも、今年のバースデードネーションに込めています！関心持ってくださる方が増えたらうれしいです💛</p>","campaign_id":8021,"created_at":"2025-08-02T17:11:20.175851","is_released":true,"released_at":"2025-08-02T17:13:37.294860","unreleased_at":"2025-08-02T17:11:20.201317","display_date":"2025-08-02T17:13:37.294860"}]}